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深夜の電話… 兄のこと*My Back Pages - Bob Dylan








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桜六分咲き








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My Back Pages - Bob Dylan



https://www.youtube.com/watch?v=7seZjqkk2n0

誰でも人間は裏の顔を持っている
ポジティブであっても時にネガティブな面が顔を出す
それはそれでいい
無理することなく
素直に素顔の自分を出せたら
それもいい
自分を認めるってことが必要だけど
心に溜め込まない方が健全でいられると思うよ


昨夜深夜高校時代の同級生から電話があった
高校時代は話したことがないのだけど
あることで知り合って20年ぐらい年賀状のやり取りの付き合いをしている
彼から電話なんて初めてのこと

子供も巣立ち妻に先立たれて豪邸で一人暮らしだった近所の同じ年齢の男性が家で倒れていた
新聞など溜まっているのを見て心配をしたご近所の人たちが警察に見てもらって
たった一人で亡くなっているのが発見された
そのお葬式に参列した夜に電話をくれた
亡くなった方は私とは高校が別で私は知らないけど友人たちは中学が同じなので
けっこうな人数の同級生が来ていたという
私は違う町なので高校以来そこに行ったことがなく
町も懐かしいし会いたい同級生がいる
そんなことで私のことを思い出して心配になったらしい

元気ですか?というのであまり元気ではないとだけ言った
一人で声を出さないでいると声の調整が分からないのもあり
電話をもらって嬉しいし元気で晴れやかな声になってたみたい
「元気そうだけど何かやってるの?」と言うのでブログをやってると言ったら
「じゃあブログが止まってたら誰か見た人が気づいてくれて救急車とか手配してくれるのかな」と言うので
いや、気づいたとしてもどこの誰かを明確にしてる訳ではないので
心配したとしても救急を呼ぶなんてことにはならないといっても
同じような質問が何度か繰り返しつづいた
どちらかと言えば、どうしたのかな、病気?何かあったのかな
もしや…なのかな?で終わるだけ
そう言うものだと説明しても理解が出来ないようで
ブログをやってないとどうもこの世界のニュアンスが伝わらない
また更に近所付き合いのない生活も分からないみたいだし
まして兄姉が飛んでくるなんてことをとっくに諦めている人生も理解できないみたい
「覚悟はしているのよ」と言ったが彼はそれを否定する
そう言っても本音はどうなのか自分でも分からないが、
覚悟しているとなるべくそう思っていたいのだが…

そんなこと言わないでいいから何かあったら優秀なお兄ちゃんがいるんだからお兄ちゃんに頼みなさいよと言う
そうやって安心したいんだろうな
まさか忘れていた兄との理不尽な関係性を改めて認識することになるとは
もっと面白い楽しくなる話がしたいのに、なんだかなあな流れ
その件については私の中で結論が完成しているにもかかわらず
心中がざわつく
突然降って湧いたイヤな気分が心を覆うような、ぶり返すような…
やっぱり吹っ切ってるようで吹っ切ってないのだろうか
だけどそんなネガティブな心になりたくない
兄の思考の問題なのだから、というよりその妻の胸ひとつのことだと思う
私にはどうにも出来ないこと

私がまだ幼い頃に遠く離れた高校に進学して寮生活だった兄との思い出は少ない
少ないからこそ鮮明に覚えているもので、夏休みに兄が帰ってきた日のこと
兄に近づきたいのに近づけなくて、居間のふすまをちょっと開けて覗いてたら
「恥ずかしいの?おいで」と言ってくれた
嬉しくて耳が赤くなってほほを染めたのが兄との思い出で初めに覚えていること
大晦日にすき焼き鍋を囲むのが我が家の習慣で
当時ガスコンロではなく電気コンロと石油ストーブを並べるのが大勢のときのすき焼きのスタイル
姉が多く大家族なので3人ずつ分かれてそれぞれが鍋を囲むという具合で
私は冬休みで帰ってきている兄と父と一緒だった
小さいからそんなに食べないってことが理由なのだが、その組み合わせが嬉しかった
小1の冬休みに温泉に家族全員で行って泊まった
大笑いしながらみんなで時間を忘れて卓球をやったのが楽しくって忘れられない
卓球が出来るところがあったら絶対やりたい
見るよりやる卓球好きはその時のことからだと思う
結婚当初に吉祥寺の五日市街道沿いの卓球場で同級生の夫婦ともやったし、
ベースが家に泊まったときもその卓球場で卓球を一緒にやった
大人のへたくそな卓球は腹を抱えて笑えるw

今は持ってないが幼稚園児ぐらいの頃の写真でちょっとだけテーブルから顔が出ている私を
姉がチューリップみたいって言ってたのを思い出した
ちょっと嬉しい、いえ、かなり嬉しい
いつも「お前は付録、おまけだから黙ってなさい」とよく言われていたので
良い表現をしてくれたことが嬉しくて幼心に残っているんですね
幼児とは言え侮れませんね
3-4歳の子がお姉さんの話に割り込もうとしているのだから当然なのかもしれないけど
その図式は大きくなっても変わらない
カウンセリング学では成長しているのにも拘らず
小さいときの力関係のままの変わらない家族関係は依存症の背景の一つと言われている
成長した人格を大人として同格と認めない家族関係ということ
私は末っ子のままで発言権もないし意見を聞かれもしないし、言うチャンスはない
父のお葬式なんて、まるで存在してないような扱いだった
馴れてるので気にしてないけど

私が思春期のころに兄が言ってくれたのが
僕が面倒を見るから〇○○ちゃんは東京の高校にしなさいと具体的に学校名を言われたこと
秘かにそうなるのかなとどこかで期待していたけど
そのあと東京に兄が戻った我が家の食卓の話題には一度も上らないままそれっきりになった
兄が独身のとき北海道赴任した兄のお土産の七宝焼のブローチとペンダント、
東京の生地屋さんで見つけたのか、あとで姉二人と同じスカートになったシャレた生地など
最近そうやってたまに思い出すことがある
ほのぼのしてたなあ
兄が結婚後はそんなことはなく、たまに家族全員で集まるときに顔を合わせるぐらいで
そんなときに一言かわしたかなって程度で、じっくり話すことなんてなかったし
それとたまにTVでも見れる時期があってネクタイがいい色じゃんなんて思っていたのだが
それもだいぶ前になくなった
どれだけおじいさんになっているんだろ
そう言えば、私が国会議員の秘書の仕事が決まったとき
銀座の松屋デパート近くのステーキ屋さんで「ここは安くステーキが食べれるんだよ」と言って
ランチぐらいの値段のリーズナブルなステーキをディナーにして祝ってくれた
まだ薄給だったのか
若く子育て中でお財布が自由じゃなかったのかな
今思うとワンピースぐらいおねだりすれば良かった
いい洋服を着なさいと第一秘書が業者を呼んでお給料よりちょっと高いシルクのワンピを分割で買わされて
毎月支払わなければならなくて大変だった

兄弟関係が普通って言うのがあるとして、もし普通だったら私はここにはいない筈で
きっと兄の家の離れが住まいになっていたと思う
そこは私が嫌いな所ではなくむしろ好きな方の街で、住んでいたこともあった
その街に住んでいて、やりたかったどれかを起業しているか、何かを学んでいるでしょう
もちろんそんな甘いことはとっくに諦めている
それに私より先に行くのはずっと上の兄の可能性が高いでしょうし
その連絡が来るかどうかだって分からない
心配してくれるのはとてもありがたいし嬉しいのだが
またどうでもいいとしている世界に引きづり出されたようだった
恋しいお兄さん
憧れだったお兄さん
すっかり他人みたいになった

悲しくなる






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